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リヒャルト・シュトラウス「ナクソス島のアリアドネ」著作権裁判について
Der Verein Japanisch-Deutscher Musikfreunde 日独楽友協会
代表 指揮者 杉山直樹
リヒャルト・シュトラウス(1864〜1949)はドイツの大作曲家で、数々の交響詩や優れたオペラによって我が国のクラシックファンにもなじみの深い作曲家です。日独楽友協会では2002年6月29日、新国立劇場でリヒャルト・シュトラウスのオペラ「ナクソス島のアリアドネ」を上演しました。上演の約1ヶ月半前の5月10日に英国の出版社「ブージー&ホークス社」の日本代理店である日本ショット社から突然「当方はこの作品の著作権を管理している。楽譜は当社のレンタル譜を使用しレンタル料と著作権料を支払うように、さもないと公演中止の仮処分を行い楽譜を没収する」といった強硬な申し入れがありました。
私の知る限りリヒャルト・シュトラウスはドイツの作曲家で、1949年9月7日に死亡しており、ベルヌ条約改正パリ条約によってその著作権は1999年12月31日をもって消滅しているはずでしたので、その旨を告げると日本ショット社側は、「戦前に著作権を取得したユダヤ系の出版社がイギリスに亡命し、第2次大戦中に著作権を英国の出版社に売り渡したので戦時加算(連合国及び連合国民の著作権に関する特例)が適用される」と言ってきました。そこで、それならばその経緯を示す明確な証拠を示して欲しいと告げると、その後相手方は証拠などを示さないまま支払いを求めて強硬な書類を送りつけてきたり、上演を予定していた「新国立劇場運営財団」に「警告書」を送りつけてきたりしました。こちらもそのような行為は「恐喝・威力業務妨害」にあたると警告しましたが、相手方は上演後まもなく東京地裁に提訴し裁判となりました。その後本会は弁護士を立てずに答弁書、準備書面等を提出し、2003年2月28日に東京地方裁判所で被告の全面勝訴の判決がありました。
相手方は東京高等裁判所に控訴しましたが、2003年6月19日に控訴審判決があり再び本会が全面勝訴しました。2003年12月に最高裁判所第2小法廷はこの件についての上告を棄却し、東京地方裁判所の判決が確定しました。
この件は海外の出版社が「戦時加算」を拡大解釈して著作権の消滅後も著作権等料等の金銭を日本の演奏団体等に要求し続けていた事件です。今回、東京地方裁判所、東京高等裁判所のいずれもが、「戦時加算」が認められるためには1941年12月7日の時点で「連合国または連合国民」が著作権者でなくてはならないと判断したことにより、この作品の著作権が消滅していることが認定されたことで、多くの作品(この作曲家の著名なオペラ「ばらの騎士」「影のない女」などにとどまらず、バルトーク、フィッツナー、ワイルなど多く作曲家の音楽、その他の作品について)について同様に著作権が消滅していることが立証された画期的なものです。
英国出版社の代理店となっている日本ショット社は「法的な手段による公演の差し止め、違法複製物の没収といったことにならざるを得ない」などと、まったく権利関係の文書を示さずに脅迫的な文書を送りつけて、金品を受領するやくざまがいの脅迫的なやり方で、過去にも著作権関係の多くのトラブルを起こしています。この様な同社の手法から錯誤によって不要に支払われた著作権料があれば返還を求める必要があると思います。(リヒャルト・シュトラウスの場合2000年1月1日以降全作品の著作権が消滅)
以上
判例全文
【事件名】R・シュトラウス作品の保護期間事件
【年月日】平成15年2月28日
東京地裁 平成14年(ワ)第15432号 損害賠償請求事件
(口頭弁論終結日 平成15年1月31日)
判決
原告 ブージー・アンド・ホークス・ミュージック・パブリッシャーズ・リミテッド
同訴訟代理人弁護士 桑野雄一郎
被告 日独楽友協会
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、金88万0615円及びこれに対する平成14年6月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 争いのない事実等
(1) 原告は、音楽の著作物について、著作者である作曲家若しくはその相続人又はその他の著作権者から著作権の譲渡を受け、音楽出版社として著作権の管理を行っているイギリス法人である。
被告は、平成3年に結成され、メンバーである演奏家及び指揮者による演奏会、指揮者及び指導者の養成、演奏指導などを行っている権利能力なき社団である。
(2) 被告は、平成14年6月29日、東京都渋谷区(以下略)所在の新国立劇場中劇場において、ドイツの作曲家であるリヒャルト・シュトラウス(1949年死亡)が作曲した音楽の著作物である歌劇「ナクソス島のアリアドネ」(以下「本件楽曲」という。)を上演した(以下「本公演」という。)。被告は、本公演に際し、原告から著作権の使用許諾を得なかった。
2 本件は、本件楽曲の著作権を有すると主張する原告が、被告に対し、本件楽曲の上演権及びパート譜の複製権に基づき損害賠償を求めた事案である。
第3 争点及びこれに関する当事者の主張
1 争点
(1) 本件楽曲の著作権の保護期間は満了しているか。
(2) 損害の発生及び額
2 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
(原告の主張)
リヒャルト・シュトラウスは、1912年2月29日、本件楽曲の著作権をドイツ法人であるアドルフ・フュルストナー社に譲渡した。同社の経営者であったAは、1935年10月24日、ナチスの支配下で、同社をBに委譲し、本件楽曲を含むリヒャルト・シュトラウスの作曲した楽曲の著作権について、ドイツ帝国領土内については引き続き同社が、その他の地域についてはAが有することとした。その後、Aは、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国(以下「連合王国」という。)に亡命し、連合王国においてフュルストナー・リミテッドを設立し、同社が本件楽曲の著作権を管理・行使することとなった。原告は、1943年4月29日、フュルストナー・リミテッドを買収し、これに伴い、本件楽曲に関する著作権を含む同社の有していた著作権のすべてを取得した。
リヒャルト・シュトラウスは、1949年に死亡し、すでに死後50年が経過しているが、本件楽曲の著作権は、1941年12月7日の時点で、フュルストナー・リミテッドが有しており、同社は、日本国との平和条約25条の連合国である連合王国の法律に基づいて設立されたから、連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律2条2項の「連合国民」に該当する。したがって、本件楽曲の著作権については、同法4条1項により、日本国内においては3794日間保護期間が延長されるため、著作権の保護期間は満了していない。
(被告の主張)
リヒャルト・シュトラウスとアドルフ・フュルストナー社の契約書(甲10)の内容からすれば、アドルフ・フュルストナー社はあくまでリヒャルト・シュトラウスの代理人として、本件楽曲の出版権と上演権の管理を委託され、それを行使する立場にあるだけであって、本件楽曲の著作権を譲渡されたものではない。したがって、本件楽曲の著作権は、ドイツ人であるリヒャルト・シュトラウスが有しており、戦時加算の対象にはならない。
また、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約パリ改正条約3条ないし11条の規定により、本件楽曲の著作権は、リヒャルト・シュトラウスの死後50年の経過によって消滅している。
(2) 争点(2)について
(原告の主張)
原告の損害は、以下のとおり、合計88万0615円である。
ア 上演権侵害による損害
原告は、本件楽曲の上演を許諾する際には、許諾料として入場料収入の7%を受領している。
新国立劇場中劇場の座席数は、プロセミアム形式の場合が1038席、オープン形式の場合が1010席である。本公演が座席数の少ないオープン形式で行われたと仮定すれば、座席数は車椅子席8席を含む1010席である。本公演のチケットは、S席8000円、A席6000円、B席4000円、学生券2000円及び車椅子席2000円である。
車椅子席2000円×8枚=1万6000円に、車椅子席以外のチケット代金の平均である5000円×車椅子席を除いた座席数1002席=501万円を加えると、本公演の入場料収入は、502万6000円と想定される。
したがって、入場料収入502万6000円の7%に相当する額である35万1820円が原告の損害である。
イ 複製権侵害による損害
被告は、本来であれば、原告が日本国内でのパート譜の管理を委託した日本ショット株式会社からパート譜のレンタルを受け、レンタル料を支払うべきであったのに、これを行わなかったから、当該レンタル料が被告の受けた利益であり、原告の受けた損害と推定される。
日本ショット株式会社において、演奏時間が140分である本件楽曲のパート譜をプロである被告に対して演奏会用にレンタルをする際のレンタル料は22万8795円(消費税込み)である。
本件訴訟のための弁護士費用は、着手金10万円及び成功報酬20万円の合計30万円を下ることはない。
(被告の主張)
ア 本公演の入場券販売の総数は、S席126枚、A席187枚、B席179枚、学生席7枚、合計286万円であり、それに7%を乗じた額は20万2000円である。
イ 複製権侵害による損害と弁護士費用については争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1について
(1) 日本国との平和条約15条C項で、日本国が、連合国及びその国民の著作物に関して第二次世界大戦中の著作権を承認し、その戦時加算義務を認めたことを受けて、連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律4条1項は、昭和16年12月7日の時点で連合国及び連合国民が有していた著作権については、昭和16年12月8日から日本国と当該連合国との間に日本国との平和条約が効力を生じる日の前日までの期間を保護期間に加算する旨定めている。これは、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約パリ改正条約20条で規定された、同条約が許与する権利よりも広い権利を著作者に与える同盟国相互間の特別の取極めである。
この戦時加算が認められるためには、昭和16年(1941年)12月7日の時点において、連合国又は連合国民が著作権者でなければならず、単に連合国又は連合国民が著作権の管理を委託されていたに過ぎない場合は含まれないものと解される。なぜならば、日本国との平和条約15条C項が「連合国及びその国民の著作物」を保護するものとしており、連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律4条1項は、昭和16年12月7日の時点で連合国及び連合国民が「有していた」著作権について保護するものとしていることからすると、文言上、昭和16年12月7日の時点において、連合国又は連合国民が著作権者でなければならないことは明らかであるうえ、この戦時加算は、戦時中に日本国内で連合国又は連合国民が有していた著作権が実質的に保護されなかったことから定められたものであるところ、連合国又は連合国民以外の者が著作権者であった場合には、他に単に著作権の管理を委託されたに過ぎない者がいたとしても、戦時中に日本国内において著作権を行使することが可能であったのであるから、戦時加算を認める理由がないからである。
(2) そこで、まず、本件楽曲について、昭和16年(1941年)12月7日の時点において、連合国民が著作権者であったかどうかについて検討する。
ア リヒャルト・シュトラウスとアドルフ・フュルストナー社の1912年2月29日付けの契約書(甲10)には、次のような記載がある。
第1条 シュトラウス氏は、さらに、アドルフ・フュルストナー社に対し、「ナクソス島のアリアドネ」及び「町人貴族」用に作曲される音楽の、独占的かつ無制限の複製・頒布を委ねる。
第7条 この作品の上演権は、音楽の面からも、台本の面からも全面的に、なおかつ、あらゆる国々、あらゆる言語において、シュトラウス氏が留保する。
第8条 シュトラウス氏は、前記作品の販売と上演権の管理を、作品全体かその一部かにかかわらず、それが法的保護を受ける期間において、また本契約9条で別段の定めがない限り、アドルフ・フュルストナー社に対し、「ubertragt」する。これに基づき、アドルフ・フュルストナー社は、シュトラウス氏の名前で劇場と上演権につき交渉し、上演権に関する諸契約を締結し、上演権の対価をシュトラウス氏に代わって取り立てなければならない。シュトラウス氏は、このために、アドルフ・フュルストナー社に対し、特別の代理権を与える。シュトラウス氏又は彼の相続人は、全体及び一部について、また、場合によってはその都度、上演権を譲渡し、また管理する権利を留保されている。しかし、同人らは、上演権を管理する権利の全部であれ一部であれ、他の音楽出版社又は第三者に譲渡することはできない。
イ 第8条に記載されている「ubertragen」という語は、ドイツ語では、「譲渡する」という意味と「委任する」という意味がある(甲14)。しかし、上記のとおり、同契約書において、リヒャルト・シュトラウスは上演権を自分に留保していること(7条)、リヒャルト・シュトラウスは、アドルフ・フュルストナー社に対して、リヒャルト・シュトラウスの名前で上演権に関する契約を締結する権限を与えているが、アドルフ・フュルストナー社は、上演権の対価をリヒャルト・シュトラウスに代わって取り立てなければならないとされており、リヒャルト・シュトラウスは、このために、アドルフ・フュルストナー社に代理権を与えるとしていること(8条)、リヒャルト・シュトラウスに上演権の譲渡権及び管理権が留保されていること(8条)からすると、「ubertragen」という語は、「譲渡する」ではなく「委任する」という意味に理解するのが相当である。なぜならば、上演権がアドルフ・フュルストナー社に譲渡されたのであれば、アドルフ・フュルストナー社は、当然に自ら上演権に関する契約を締結できるはずであって、上演権の対価をリヒャルト・シュトラウスに「代わって」取り立てたり、リヒャルト・シュトラウスから「代理権」を与えられたりすることはないはずであるし、リヒャルト・シュトラウスが自己に上演権(上演権の譲渡権及び管理権)を留保しているということもないはずであるから、このような契約は、譲渡契約ではなく管理委託契約というほかないからである。
ウ また、アドルフ・フュルストナー社の経営者であったAが、ナチス支配下で、同社をBに委譲し、リヒャルト・シュトラウスがアドルフ・フュルストナー社に委ねた諸権利について、ドイツ帝国領土内については引き続き同社が、その他の地域についてはAが有することについて、リヒャルト・シュトラウスは、Aに対し、1935年10月31日付けで了承する書面を送付している(甲11)。この書面には、「同社(アドルフ・フュルストナー社)は、ドイツ帝国領土において、貴殿がこれまで経営者として私に対して負ってきた義務を全て引き継ぎ、他方、世界のその他の地域に関する権利については貴殿が依然として私の契約相手のままであるということです。」「私は、貴殿が、貴殿に留保されている権利を国内外の会社に(資本参加の際に)譲渡することについては、貴殿が少なくとも50%の割合でその会社から利益配分を受けるとの条件で同意します。」との記載がある。以上の事実からすると、リヒャルト・シュトラウスとアドルフ・フュルストナー社との本件楽曲に関するものを含む契約関係のうち、ドイツ帝国領土外に関する契約関係については、1935年に、リヒャルト・シュトラウスの同意を得て、リヒャルト・シュトラウスとAとの契約関係に移転したこと、Aは、リヒャルト・シュトラウスから、Aが少なくとも50%の割合で利益配分を受けるのでなければ同人が有する権利を譲渡することができないとの条件を付されたこと、以上のとおり認められる。
さらに、その後、1938年に、Aは、連合王国においてフュルストナー・リミテッドを設立し、本件楽曲に関するものを含む同人が有する権利は、フュルストナー・リミテッドに譲渡された(甲2、弁論の全趣旨)。そして、フュルストナー・リミテッドは、1943年4月29日、原告に対し、同社の有していたすべての権利を譲渡した(甲12)が、その際にも、リヒャルト・シュトラウスは、1945年1月7日付けで、このことに同意した上で、原告に委ねる権利が、「上演権の管理権」と「機械的複製権、映画化権及びラジオ放送権を管理する権利」であると述べ、上演権の管理権については、フュルストナー・リミテッドに課せられていたのと同じ制限的条件が、機械的複製権、映画化権及びラジオ放送権を管理する権利については、アドルフ・フュルストナー社に課せられていたのと同じ条件がそれぞれ原告にも課せられる旨述べている(甲13)。
そして、リヒャルト・シュトラウスの相続人も、原告を故リヒャルト・シュトラウスの作品に関し著作権財団にかかる権利の「代行者」であるとの認識を有している(甲3)。
エ 上記ア及びイ認定のリヒャルト・シュトラウスとアドルフ・フュルストナー社の1912年2月29日付けの契約書の記載に加え、その後もアドルフ・フュルストナー社の有する権利の承継者に対してリヒャルト・シュトラウスが承継の同意と契約条件の確認を行ってきたこと等上記ウ認定の事実からすると、本件楽曲の著作権は、リヒャルト・シュトラウス及びその相続人が有しており、アドルフ・フュルストナー社、A、フュルストナー・リミテッド及び原告は、いずれも、リヒャルト・シュトラウスからの委託により、著作権の管理を行っていたに過ぎないものと認められ、リヒャルト・シュトラウス及びその相続人には、上演権や上演権を管理する権限が留保されているから、自ら権利行使することは可能であったものと認められる。
オ 原告は、甲第10号証の契約書によれば、アドルフ・フュルストナー社は、いわゆるグランド・ライツであるオペラ作品の上演権に関する契約交渉及び締結を自らの判断で行う権利を独占的に行使する地位が認められており、これは、単なる権利の委託ではなく、まさに著作者としての権利の全面的な譲渡であると主張する。そして、同契約書第8条で、リヒャルト・シュトラウスに本件楽曲の上演権を譲渡・管理する権利が留保されているのは、リヒャルト・シュトラウス自らが指揮者となる例外的な場合についての規定に過ぎないと主張する。
しかし、同契約書8条に「アドルフ・フュルストナー社は、シュトラウス氏の名前で劇場と上演権につき交渉し、上演権に関する諸契約を締結し、上演権の対価をシュトラウス氏に代わって取り立てなければならない。シュトラウス氏は、このために、アドルフ・フュルストナー社に対し、特別の代理権を与える。」、「シュトラウス氏又は彼の相続人は、上演権を管理する権利の全部であれ一部であれ、他の音楽出版社又は第三者に譲渡することはできない」と定められていることから、アドルフ・フュルストナー社は、上演権に関する契約交渉及び締結を自らの判断で行う権限を有しており、それは、他の第三者が同じ立場に立たないという意味で「独占的な」ものであると解することができるとしても、このような権限は、管理を委託された者であれば行使することができるのであって、直ちに著作権の譲渡がされたことの根拠となるものではない。また、同契約書第8条で、リヒャルト・シュトラウスに本件楽曲の上演権を譲渡・管理する権利が留保されているのは、リヒャルト・シュトラウス自らが指揮者となる例外的な場合についての規定に過ぎないとの事実は、同契約書に「リヒャルト・シュトラウス自らが指揮者となる場合」といった文言がないことからすると、同契約書から認められるものではなく、甲第16号証の記載も、同契約書の文言にない事実までも認めるに足りるものとはいえないから採用できず、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の上記主張は、上記エの認定を覆すに足りるものではない。
また、原告は、一般に、著作者は音楽出版社に著作権を譲渡し、音楽出版社が自ら著作権者となっていると主張するが、一般的な取扱いがどうかということは、上記のとおり本件において契約書等から認められる具体的な事実を覆すに足りるものではないことは明らかである。
カ そうすると、本件楽曲については、昭和16年(1941年)12月7日の時点において、連合国民が著作権者であったとは認められないから、原告の戦時加算の主張は認められない。
(3) したがって、本件楽曲については、既に著作権の保護期間を経過したものと認められる。
2 よって、原告の請求は、理由がないから、棄却することとし、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 森義之
裁判官 東海林保
裁判官 瀬戸さやか
平成15年(ネ)第1752号 損害賠償請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所平成14年(ワ)第15432号)
平成15年5月22日口頭弁論終結
控訴人 イギリス,WIR 2JH ロンドン レジェント・ストリート 295ブージー アンド ホークス ミュージック・パブリッシヤーズ・リミテッド
代表者 ジョン・パークマンズ・ミンチ 訴訟代理人弁護士 飯島澄雄
同 飯島純子
被控訴人 日独楽友協会代表者 杉山直樹
判決
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(1)原判決を取り消す。
(2)被控訴人は,控訴人に対し,20万0200円及びこれに対する平成14年7月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)訴訟費用は第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人
主文と同旨
第2 事案の概要等
1 本件は,控訴人が,被控訴人に対し,ドイツの作曲家リヒャルト・シュトラウスの著作物である歌劇「ナクソス島のアリアドネ」(以下「本件楽曲」という。)を,被控訴人が上演したことに対し,その上演権に基づき,上演許諾料相当額の損害賠償を求めている事案である。
控訴人は,原審では,本件楽曲の複製権侵害に基づく損害賠償(3万1820円)と弁護士費用の損害賠償(30万円)も併せて求めていたが,当審でこれらの請求を放棄した。また,遅延損害金の起算日を,上演日の翌日(平成14年6月30日)から訴状送達日の翌日(平成14年7月25日)に変更した。
2 本件楽曲の著作権者リヒャルト・シュトラウスは,1949年に死亡している。控訴人は,本件楽曲の著作権は,連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律(以下「戦時加算特例法」という。)の基準時である1941年12月7日の時点で,フュルストナー・リミテッドが有していたこと,同社は,日本国との平和条約25条の連合国である連合王国の法律に基づいて設立されたから,同条約2条2項の「連合国民」に該当することを前提に,戦時加算特例法4条1項により,日本国内において3794日,本件楽曲の著作権の保護期間が延長されるため,被控訴人が本件楽曲を上演した日時(平成14年6月29日)には,その著作権の保護期間は満了していない,と主張した。
3 原判決は,戦時加算特例法の適用が認められるためには,連合国又は連合国民が著作権者でなければならず,単に連合国又は連合国民が著作権の管理を委託されたに過ぎない場合は含まれない,とした上で,連合国民が本件楽曲の著作権者であったとは認められない(リヒャルト・シュトラウスは,本件楽曲の著作権の管理を委託したにすぎない。)として,控訴人の請求を棄却した。
第3 当事者の主張
当事者双方の主張は,次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」及び「第3 争点及びこれに関する当事者の主張」記載のとおりであるから,これを引用する。
1 当審における控訴人の主張の要点
(1)音楽著作物の著作権の「譲渡」の法的性質
音楽出版社が作曲家から受ける音楽著作物の譲渡は,他の著作物の著作権の譲渡と異なる。一般的な著作権譲渡は,譲渡人に属していた権利が,終局的に譲受人に移転し,その結果,譲渡人とその権利を結ぶ紐帯が完全に切断されて,爾後,譲渡人のその権利に対する容喙がいっさい許されなくなることを意味する,とされている。しかし,音楽著作権の譲渡は,以下の点で,上記一般的な著作権譲渡と異なる。
ア 譲渡対価が,一括払いではなく,著作権使用料という形で,利用者から徴収された金員の一定割合が,著作者に支払われる。
イ 第三者からの権利侵害の主張や第三者による権利侵害に対しては,音楽出版社が自己の判断により対応する。ただし,その費用は著作者が負担する。
ウ 音楽出版社が契約条項に違反し,著作者から苦情があった後一定期間内に是正しなかった場合,作家は契約を解除し譲渡した権利を買い戻すことができる。
エ 音楽出版社が譲渡された著作権を第三者に譲渡する場合には,作家の文書による許諾を受けなければならない。(甲第31号証,第32号証)。
音楽著作権の譲渡は,上記のような特徴があるものであり,信託的譲渡と呼ばれるものに該当する。例えば,社団法人日本音楽著作権協会が,音楽著作物の著作権を譲り受け著作権者となるのもこの信託的譲渡に当たり,その実態は,著作権の管理に等しい。
(2)本件楽曲の著作権の委譲
本件楽曲に関するリヒャルト・シュトラウスとアドフル・フュルストナー社との間の1912年2月29日付け契約(以下「本件基本契約」という。)は,次のとおりのものである。
ア 本件楽曲(リヒャルト・シュトラウスが作詞家フーゴー・フォン・ホフマンスタールから著作権を譲り受けた歌詞を含む。)についての著作権をアドルフ・フュルストナー社は委譲される(1条,2条,3条)。また,同社は独占出版権を有する(6条)。
イ 機械的再生のための複製権及び映画化権はドイツ作曲家組合に委譲される。その場合でも,アドルフ・フュルストナー社は使用料につき取得持分を有する(2条)。
ウ 上演権は,リヒャルト・シュトラウスが留保する(7条)。アドルフ・フュルストナー社は上演権の管理についての権利を委譲される(8条)。8条で使用されている"ubertragen"(" ubertrgt")を,原判決は,条文の解釈上「委任する」と解した。しかし,この委任に相当するドイツ語としては,"uberlassen"がある。この言葉"uberlassen"は,2条で使用されている。すなわち,その第3段落中の「機械的音楽装置によって,作品を再生する権利,そのための複製(レコード,音楽ロール(Walzen),穴あき楽譜ロール(perforierte Notenrollen)など),複製権と販売権ならびに映画化権を作曲家組合に管理させずに,第三者に使用または販売を委託しようとする場合」における使用である。そのため,"ubertragen"の訳語には,単なる委任(管理)より強い権原を有する意味に解される言葉「委譲」が相応しいというべきである。リヒャルト・シュトラウスが,アドルフ・フュルストナー社に委譲("ubertrgt")した"Verwaltung des Auffuhrungscrechts"(上演者の管理の権利)が排他的で独占的であることは,本件基本契約の7条の「シュトラウス自身とその承継者はシュトラウスが所有するこの作品の上演権を全世界でも個々の国でも他の音楽出版社または第三者に委譲しない。」との規定及び8条の「シュトラウスまたはその承継者は上演権の管理権を全面的にも部分的にも他の音楽出版社または第三者に委譲することはできない。」との規定から明らかである。
さらに,本件楽曲の上演に不可欠な演奏用楽譜は,アドルフ・フュルストナー社に独占的出版権が委譲されており(1条),上演をする者がアドルフ・フュルストナー社からこの演奏用楽譜を取り寄せない限り,たといリヒャルト・シュトラウス本人であっても,上演を許諾することができない(7条)。すなわち,アドルフ・フュルストナー社のみが,管理者として利用者との窓口となっていたのである。
(3)アドルフ・フュルストナー社が有していた本件楽曲の著作権(ただし,ドイツ帝国領土内におけるものを除く。)を,フュルストナー・リミテッドが承継し,さらに,1943年4月29日,同社は,その有していたすべての権利を控訴人に譲渡した(甲第12号証)。その際,リヒャルト・シュトラウスは,1945年1月7日付け書面(甲第13号証)で,控訴人に委ねる権利が「上演権の管理」と「機械的複製権,映画化権及びラジオ放送を管理する権利」であり,上演権の管理権については,アドルフ・フュルストナー社に課せられていたのと同じ制限的条件が,機械的複製権,映画化権及びラジオ放送権を管理する権利については,アドルフ・フュルストナー社に課せられていたのと同じ条件が,それぞれ控訴人にも課せられることを明らかにした。
(4)原判決は,甲第13号証をもって,控訴人が本件楽曲の管理を委託されていたにすぎないと認定し,リヒャルト・シュトラウスの孫と控訴人との間の合意書(甲第3号証)中の「代行者」の表現を取り上げて,上記認定の補強とした。
しかし,この合意書には「ブージー・アンド・ホークスがこれらの権利処分を望むか,あるいは音楽出版分野での活動を中止する場合には,故リヒャルト・シュトラウスの著作権財団とブージー・アンド・ホークス間の信義・誠実の原則に基づき取り決められる条件で上述の権利を買い戻す優先権を有します。」と規定している。すなわち,控訴人が有していたのは,単なる管理権ではなく,リヒャルト・シュトラウスの著作権財団が買戻しをしなければならないほどの強力な独占的管理権であったのである。甲第8号証の契約書の8条には,リヒャルト・シュトラウスの名で上演権に関する契約を締結できると規定されてはいた。しかし,実際には控訴人の名前で契約を締結し,訴訟も提起していた。
(5)原判決は,戦時加算法の適用について,「文言上,昭和16年12月7日の時点において,連合国又は連合国民が著作権者でなければならないことは明らかで.あるうえ,この戦時加算は,戦時中に日本国内で連合国又は連合国民が有していた著作権が実質的に保護されなかったことから定められたものであるところ,連合国又は連合国民以外のものが著作権者であった場合には,他に単に著作権の管理を委託されたに過ぎない者がいたとしても,戦時中に日本国内において著作権を行使することが可能であったのであるから,戦時加算を認める理由がないからである。」(5頁20行目?6頁1行目)としている。
著作権一般については,原判決のようにいい得るであろう。しかし,音楽著作権に関する音楽出版者の管理権を,他の著作権の場合と同一に論じることはできない。音楽出版者の主たる機能は音楽著作物の管理(利用開発)であり,そのための手段として作家から著作権を譲り受ける(いわゆる信託的譲渡)場合と独占的管理権を有する場合とがある。いずれの場合も,元の著作権者は,自らによるにせよ第三者によるにせよ,著作権を行使することはできないのである。
本件でも,ドイツ帝国等を除く地域(日本を含む。)において,フュルストナー・リミテッド及び控訴人が独占的管理権を有していたため,リヒャルト・シュトラウスが日本で著作権を行使することは全くできなかったのである。
2 被控訴人の反論の要点
原判決の認定判断に,控訴人が主張するような誤りはない。
(1)控訴人は,音楽出版社と著作権者との間に,信託的譲渡等の特別な関係があると主張する。しかし,控訴人が音楽出版者であるというだけで,自動的に著作者との関係が信託的譲渡となる,などということはない。法律の解釈において,著作者と音楽出版者とは,平等に扱われるべきである。
(2)控訴人は,"ubertragen"の解釈について縷々述べている。"ubertragen"の語を委譲ないし譲渡の意味に使うことは,現在ではまれである。本件契約の契約書は,明確な表現を一貫して用いており,委譲ないし譲渡を合意するのであれば,"ubergeben"か"ubernehmen"といった単語を使うであろう。さらに,委譲又は譲渡された権利を"verwalten"(管理)する契約を結ぶのは不自然である。2条で使われている"uberlassen"は,現代ドイツ語においては,"ubertrgen"より,「譲る」という意味を表すときに多く使われている。8条で,"uberlassen"の語が使われていないということは,むしろ,譲渡ではないことを裏付けるものと理解されるべきである。
(3)戦時加算特例法は,音楽著作物の著作権が,他の著作物の著作権は異なる扱いをされることなど全く定めていない。
第4 当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおり付加するほか,原判決の「第4 当裁判所の判断」のとおりであるから,これを引用する。
1 控訴人の主張は,要するに,本件基本契約において,アドルフ・フュルストナー社が,本件楽曲を含むリヒャルト・シュトラウスの著作物の独占的管理権を取得し,ドイツ以外の地域(日本を含む。)におけるこの独占的管理権を控訴人が承継したという事実関係の下では,リヒャルト・シュトラウス自身を含め,日本において本件楽曲の著作権を行使することができる者は存在しなかったから,戦時加算特例法の趣旨によれば,同法による著作権の保護期間の延長が認められるべきである,というものである。
2 甲第34号証(本件基本契約の契約書)には,次のような条項がある。
ア 作品の上演権は,楽曲についても歌詞についても全範囲にわたり,すべての国,すべての言語について,シュトラウスが留保する(7条)。
イ ・・・シュトラウスまたはその承継者は,販売と上演権の管理を,全面的または部分的または個々のケースについて引き受ける権利を維持している。
しかし,シュトラウスまたはその承継者は,上演権の管理を全面的にも部分的にも他の音楽出版社または第三者に委譲することはできない。シュトラウスまたはその承継者が上記の上演権を自ち引き受けない限り,アドルフ・フュルストナー社は,上記で委譲された上演権の管理を行う義務を有する(8条)。
3 これらの条項からは,本件基本契約上,リヒャルト・シュトラウスないしその承継者が,自ら(他者を履行補助者とする場合を含む。),本件楽曲の上演をする権利を有していたこと,また,本件楽曲の販売と上演権の管理を引き受ける権利を有していたことが明らかである。甲第16号証(ショット・ムジーク・インターナショナルの代表取締役ペーター・ハンザー=シュトレッカーの桑野雄一郎弁護士あての書簡)中にも,リヒャルト・シュトラウス自身が,自ら上演をしたことがあった事実が指摘されている。
控訴人は,本件基本契約の7条を挙げて,たとえリヒャルト・シュトラウス自身が上演する場合であっても,アドルフ・フュルストナー社ないし控訴人が出版する演奏用楽譜を使用しなければならないことを指摘する。9条にも,演奏会における演奏には,アドルフ・フュルストナー社が出版し同社に発注された演奏用楽譜だけを使用するものとする,との条項がある。しかし,本件基本契約上,上演権並びに販売及び上演権の管理の留保に,何ら制限は付されておらず,アドルフ・フュルストナー社が,その自由裁量で演奏用楽譜の使用を拒絶できるとは認められない。控訴人主張のような事実をもってしても,リヒャルト・シュトラウスないしその承継者による本件楽曲の上演・管理ができなくなるものということはできない。
4 仮に,控訴人の主張するような,独占的管理権をフュルストナー・リミテッド,ひいては,控訴人が有していたとしても,戦争という特殊な社会情勢のため,フュルストナー・リミテッドないし控訴人が,本件楽曲の著作権を日本において行使し得ないという状況の下では,日本において同著作権を行使する権利を,リヒャルト・シュトラウスに認める,というのが,本件基本契約についての合理的解釈であるというべきである。
5 以上のとおりであるから,いずれにしろ,リヒャルト・シュトラウスが,昭和16年12月8日以降,日本国において,本件楽曲の著作権を行使できなかったとは認められない。したがって,これにつき,戦時加算特例法による戦時加算を認めることはできない。
6 以上検討したところによれば,控訴人の請求は理由がないことが明らかであり,これを棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がない。そこで,これを棄却することとし,控訴費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について,民事訴訟法67条,61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久
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